ドナウの旅人/アナザーストーリー
宮本輝氏の作品では、登場人物達はよく国内外を
旅しています。
私がこの間、大好きな小説、旅のバイブルとして
紹介した「ドナウの旅人」の取材旅行の記録が
この「異国の窓から」です。
ヨーロッパだけでなく、中国とかイタリアへの
旅行記も収録されています。
つまり旅行記エッセイなのですが、どうしてもエッセイには
見えない(読めない)。短編小説を読んでいるような印象です。
宮本氏が、同行者達とブダペスト行きの列車に乗った時、
同じ車両、背中合わせの席に麻沙子や絹子やシギィや道雄が
座っているような気がします。
私自身の好みですが、小説家が書いたエッセイの方が好きです。
ちょっとした小説を読んでいるような気になれるから…。
ドナウの旅人では、旅の始まりから終わりまで、
7ヶ月もかけていましたが、取材旅行ではそんな日数を
かけられるわけがなく、しかもこの時1982年、まだ昭和で
共産圏の時代、怒涛の旅程が綴られています。
その中でも、さまざまな出来事がドラマチックに描かれています。
ニュールンベルクで見かけた花売りの母娘に著者の幼少期を
思い出し、持病からの蘇生が見事に描写されていたり、
レーゲンスブルクで宿泊したホテルの支配人とその幼い息子の
姿に父親を思い出したり、
ルーマニアの列車で偶然、隣り合わせになった老人に
ついた小さな嘘を気が滅入るほど公開したり…。
特に、同行者のひとり、若い女性新聞記者と、最初は
何かと衝突していたのに、旅が進むにつれてどんどん
打ち解けていく様子もほっこりさせてくれます。
たどり着き、読み手もやっと到着した、旅が終わったと思うのですが、
ラストの〈私の仕事は、これから始まるのである〉という一文に、
この旅行記が序章に過ぎないことを思い知らされ、深い余韻を残すのです。