うめたび!

風の向くまま、気の向くまま、旅をするにはまだまだ経験も修行も足りませんが、楽しんで旅をする様子を綴ります。

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旅をする小説

旅行好きのバイブルといえば…

深夜特急 全6巻セット 文庫本 -
深夜特急 全6巻セット 文庫本 -

沢木耕太郎氏の「深夜特急」が真っ先に挙げられるのでしょうか。

私にとっての旅のバイブルは、宮本輝氏の

「ドナウの旅人」上下巻 です。

ドナウの旅人〈上〉 (新潮文庫) -
ドナウの旅人〈上〉 (新潮文庫) -

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東西ヨーロッパの10ヶ国を通って、最後はルーマニア黒海へ流れ込む、

ヨーロッパで2番目に長い大河。全長2,850㎞。

ちなみに、ヨーロッパ最長のヴォルガ川は3,690㎞!! ロシア西部を

流れているそうです。ライン川は1,233㎞。

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その、ヨーロッパ第2の長さを誇るドナウ川を舞台に、

母と娘、そのふたりのそれぞれの恋人達が、ドナウの源流である

ドイツから、ルーマニア黒海を目指して旅をする、壮大な人間ドラマです。

そう、これは旅でありながら人間ドラマを描いており、

主役はドナウではなく、あくまで主人公の麻沙子であり、その母の絹子、

麻沙子の恋人でドイツ人のシギィ、絹子の恋人(不倫関係になりますね)の

道雄の4人と、4人が旅をしていくうちに出会い、忘れがたい印象を残す

さまざまな人々との絡みなのです。

宮本輝氏の小説の素晴らしさは、今さら語るまでもありませんが、

その文章力、構成力、書き出しの一行目からぐいぐい引き込まれて

しまう物語性はさすがです。

主人公達が訪れる、ドイツのフランクフルト、ニュールンベルク、

レーゲンスブルク、パッサウ、そしてオーストリアのウィーン、

ハンガリーブダペストユーゴスラヴィアベオグラード

ブルカリアのソフィア、そして旅の最終目的地である、

ルーマニアのスリナ…どの町も、それぞれの佇まい、道の様子、

風、空気の匂いまで感じるような、一緒に旅をしているような

気持ちにさせてくれる描写で、かなり分厚い長編小説なのに

最後まで飽きさせません。

物語の冒頭では、わがままで世間知らずで、どうしようもない

お嬢様だった絹子が、旅をしていくうちに成長し、

大きな変化を遂げます。最初のうちは英語もドイツ語も出来ないから

シギィと会話もできないとすねていたのに、

ブルガリアまで旅がすすんだ頃には、ジェスチャーで地元の人と

会話を楽しみ、コミュニケーションがとれるようになっています。

そんな風に、主要な登場人物達も少しずつ変わっていく、

その様子が丁寧に、さり気なく綴られています。

私が本書の中で好きなエピソードは数えきれないのですが、

ひとつだけ紹介するとしたら。

ウィーンからブダペストへ向かう列車の中で、

絹子と麻紗子が食堂車へ行くのですが、その時に

厳めしい車掌を笑わせようと、ビールをおごってあげるシーンがあります。

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検札の時はにこりともしないその車掌を、笑顔がきっと素敵なはず、と

麻紗子が声をかけて、最初は珈琲か紅茶をご馳走させてくれと言います。

車掌は勤務中だからと固辞しますが、やり取りを聞きつけたウェイターが

この人はビールの方が好きなんですよと横から口を挟み、それなら、と

ビールをおごってあげ、車掌は、麻紗子の目論見通り、素敵な笑顔を

見せてくれる。

短いシーンだし、その後その車掌が主人公達に絡むことはないのですが、

麻紗子の人柄や、車掌の人間臭い一面を垣間見ることが出来て、

とても大好きなシーンです。

もちろん、こんな心温まる話ばかりではなく、時には

ほろ苦い出会いもあるのですが、その積み重ねが、

やがて思いもかけないラストへ読み手を導き、

私も黒海から昇る朝陽を、確かに見たように錯覚してしまう、

強い印象を残す一冊(二冊?)です。

日本では、ドイツ旅行というと、やはり

「メルヘン街道」が有名なのかな?

本書ではルートが違うようですが、私は断然、

ドイツへ行くならこのドナウ川沿いの街を

行くぞ!と思っています。